単語の真実「一国一城の主」

シリーズ単語の真実

今回は、マイホームを買う時の定番となったセリフ「一国一城の主」についてお話します。

 


シリーズ単語の真実
第1回 LDK
第2回 一国一城の主(今回)

「一国一城の主」の本来の意味

一国一城の主
《一つの国、または一つの城を所有している人の意から》他から援助や干渉を受けず、独立した領分をもつ者。
goo国語辞典より

一国一城の主とはどんな意味か。単語を検索すると、上記のような意味がでてきます。だいたいは、<マイホームを購入した人>や、<脱サラして自営業、フリーランス等で生活している人>のことを指して言うようです。

実のところ現在の意味になったのは戦後のことで、本来の意味は全く異なるものでした。

「一国一城の主」の語源となったのは、江戸時代に幕府が制定した「一国一城令」

発令したのは徳川秀忠ですが、立案者は家康だと言われます。内容は「一国につき一城を除いて、他は廃城にせよ」というもの。

戦国時代は戦の拠点として何千という城が利用されましたが、家康が天下を統一したため、軍事上の拠点が意味を失い、むしろ現政権を脅かし得るものとなったがゆえの法令でした。

そして「一国一城の主」、つまり法令制定後の城主は、自分の力で幾つでも城を持とうとした戦国時代の城主とあり方が対照的だったため「政権に飼いならされた城主」という意味合いを持つようになった、マイナスの言葉だったのだとか。

高度経済成長期の変化

「一国一城の主」は、いつ頃に現在の意味を持つようになったのでしょうか?

「マイホームといえば男の夢」
「これで俺も一国一城の主だ」

今の若者の方は、そこまでマイホームに固執しなくなったと思いますが、それでも依然として「いずれは家を持ちたい」と考えている人は多いでしょう。

ところが歴史的に見れば、庶民が家を持つようになったのは比較的最近のこと。大正時代までは借家が当たり前でした。(夏目漱石だって借家住まいでしたし)

庶民でも家が買えるようになったのは戦後、住宅ローン等の制度が整えられてからのこと。(それまでは自己資金で建てるか、親族からの援助か、私的融資を受けるかしかなかった)前回の記事でもお話しましたが、戦争で多くの都市が焼け野原となった日本では、多くの人がバラック小屋や、廃バス、防空壕などで雨露をしのいでいました。そのため急速に建築関連の法規が整備されていき、新築着工数はグングン上昇。終戦直後は、せいぜい2,30万戸だったのが、1973年には190万戸を記録するに至るのですが、マイホーム文化が定着したのは、まさにこの時だったわけです。

ちなみに日本人のライフスタイルが大きく変化し、個人事業主が減って、給与所得者=サラリーマンの社会が到来したのもこのころ。つまり「脱サラして自分で稼ぐ」ことが特別な意味合いを持つようになったのも、このころというわけですね。

正確な時期についてはつかめませんでしたが、この高度経済成長期に現在の意味に変化したことは、間違いないと予測しています。

時期の予測

ではその予想に基づいて、もう少し時期を特定できないか試してみたいと思います。

国立国会図書館のデータベースにアクセスして、「一国一城の主」で検索してみました。

ヒット件数:61

現在の意味を持ち出したと見えるのは、1960年頃、実業之日本社が発行する、実業界の成功譚を集めた「実業之日本63(1)」

この辺りから1970年代にかけて、文藝春秋社、潮出版社、国政社、小学館など様々な媒体に「一国一城の主」が登場するようになります。少なくとも1970年には完全に現在の意味になっていたと見て、間違いないでしょう。

まとめ

・一国一城の主は本来はマイナスの意味だった
・現在の意味に変わったのは高度経済成長期と考えられる(1970年には現在の意味になっていた)

次回は「リフォーム」「リノベーション」の定義についてお話します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください