マンガ「匠三代」で学ぶ建築<幼老複合施設編>

老人ホームの抱える問題

人生の終活を考えた時、頭を悩ませることが介護の問題です。

自宅の畳で臨終を迎えることが少なくなった現代、多くの人が老人ホームや病院で最期を迎えています。ところが、この老人ホームは現在数多くの問題を抱えています。

例えば「待機老人」の問題。待機児童は聞いたことがあっても、こちらは聞きなれない方も多いでしょう。ですが実は、待機児童よりはるかに多くの「待機老人」が、老人ホームに入りたくても入れずにいます。

「ならば老人ホームを増やせばいいのではないか?」という話になりそうですが、特別養護老人ホームは政府からの補助金が必要ですので、そんな簡単に増やせるものではありません。また、激務である介護士が常に人手不足という問題もあり、解決には至っていません。

2015年4月から、入居に要介護度「3」が必要となったこともあり、多少数は減りましたが、それでもまだ約36万6千人(註1)が入居できる日を待っています。(待機児童の数は2万6千人(註2)なので、文字通り桁が違います)

匠三代

さて、ここで今回ご紹介する「匠三代」というマンガについてお話します。このマンガはある小さな工務店を舞台としたマンガです。

原作者・倉科遼(クラシナリョウ)氏、漫画家・佐藤智一(サトウトモカズ)氏、建築家・天野彰(アマノアキラ)氏、3人の強力タッグによる本格家づくりエンターテインメントと銘打っており、様々な住宅を取り上げ、家づくりを楽しむ人々を描いています。

この匠三代、住宅だけでなくいくつかの社会問題も扱っているのですが、その内の一つとして「高齢者の介護」が登場するのです。

ストーリー概略

匠三代と呼ばれる工務店「小野寺工務店」の設計士、小野寺拓己は、ある日老人ホームの公募コンペが開かれていることを知る。
コンペ主催者の佐竹氏の講演を通じ、拓己は「人間らしい尊厳を持った」介護が難しい、現代の介護問題に触れることとなる。
コンペへの参加を決意した拓己は、お年寄りが気持ちよく暮らせるアイデアを求め、老人ホーム「深川荘」を訪ねた。

老人ホーム「深川荘」の介護スタッフ、今岡芽衣は語った。


(参考:倉科遼、佐藤智一、天野彰「匠三代 5」小学館、2010.7)

介護はその人の人生の最終盤に付き合う仕事
幸せな日々を送ってもらうためできることはたくさんあるはず
でも実際は身の回りの世話で手一杯

厳しい現実を目の当たりにし、プランを考えあぐねる拓己だが、訪問を続けるうち、入居者の一人が、孫に剣道を教えるうちに、閉ざしていた心を開く光景を目撃する。

そこで彼はあるヒラメキを得て、介護問題に大きな一石を投じるプランを完成されるのだった。

(参考:倉科遼、佐藤智一、天野彰「匠三代 5」小学館、2010.7)

 

幼老複合施設の可能性

彼のプランの根幹には、「昔ながらの農村教育」があります。両親が畑に出かける間、子供は同年代の複数の家でまとめて老人に預けられ、教育を受ける。こうした「子供はだれの子も皆、村の子供」というあり方は、自然で無理のない教育形態でした。

こうしたプランは、幼老複合施設と呼ばれ、実際に数多くの老人ホームに取り入れられています。では、彼の考えた通り、この複合施設は現代の介護を変革する特効薬に成りえるのでしょうか?

 

実際の事例

一般的な老人ホームは「ユニット型」と「従来型」に分類されます。従来型は、4人1室など複数人が入る、病院のような空間を構成するタイプ。ユニット型は一人一人に「個室」が提供されるタイプです。2002年にユニット型が制度化され、以来増加傾向にありますが、一方で「ユニット単位での生活が基本となるため孤立化を招くのではないか?」という声もあるようです。

ではちょっと実際の間取りを見てみましょう。

こちらは三重県名張市の老人ホーム、ゆめが丘鶴寿園の2階間取り図です。(1階、3階の間取りも、ゆめが丘鶴寿園のサイトに載っていますので、興味のある方は)
(参考:グリーンセンター福祉会HP「施設内・間取りのご案内|ゆめが丘鶴寿園|、[online]http://www.green-center.or.jp/yumekakujyuen/madori.html)

こちらは栃木県足利士の老人ホーム、ひまわりの間取り。
(参考:㈱ひまわりHP「施設案内・間取り」、[online]http://www.kaigo-cf.jp/sisetu.html)

どちらも、共同生活スペースを、ベッドのある個室で囲む構成となっています。この配置が、一般的な老人ホームの空間構成です。

では実際の複合施設はどうでしょうか?
「ユーカリが丘 ユーカリ優都ぴあ」を事例に取り上げてみます。
この施設は、学童保育とグループホームが一体になって運営されており、子供と入居者の玄関が共有され、自由に行き来が可能となっているのが特徴です。


個室と共同空間の関係については一般の老人ホームと同じですが、ドドンと中央に配置された保育施設がこの施設のあり方を明確に語っています。

施設の詳しいことについては、こちらの記事を参考にどうぞ。

認知症高齢者と学童保育の共存、幼老複合施設がもたらす効果とは

このような、間取りからコンセプトが明確に読み取れるものもありますが、他にも「1・2階が児童館、3・4階が老人ホーム」というように階数で分け、職員の立会時のみ往来が可能となる、独立性が高いプランもあります。

 

複合施設のメリット・デメリット

取り上げさせていただいた3事例について、その良し悪しを判別することは私にはできません。ここでは、「老人ホームは一般にこんなものです、稀にこういう事例もあります」という意味で紹介するにとどめます。

複合施設については、既にいくつかの研究(駐3、4、5)が行われています。それを元に、複合施設の長所・短所をまとめてみます。

メリット

1.待機児童の問題の解消に繋がる
→子育て中でも働けるため介護士不足の解消にも繋がる
2.子供たちがお年寄りの知識や、人間の老いについて学ぶことができる
3.お年寄りに話し相手ができる、「介護される」立場から「教える」立場に変えられる

メリットは「匠三代」で拓己が期待したこと、ほぼそのままとなります。建築士の願望ではなく、現実としてメリットは充分にあると言えるでしょう。

デメリット

1.十分な広さの運動場を確保することが難しい
2.子供が嫌いなお年寄りのストレスになる
3.子供の教育が可能なお年寄りばかりではない
平均要介護度:3.90→介護なしには日常生活が困難
4.感染症のリスク、常備薬の誤飲などの事故のリスクが大きい
→子供と高齢者の交流を管理するのに結局労力がかかる
職員の負担増

しかし、デメリットもかなり多く存在します。特に3と4。冒頭で「入居に要介護度「3」が必要」と書きましたが、入居者の方の平均要介護度はそれを上回る「3.9」。これは介護なしには日常生活が困難なレベルです。また、個人レベルの交流であればともかく、大勢の子供が入り乱れる場合、感染症のリスクは倍々で増加するでしょう。子供は何度も風邪になりながら、身体を強くしていくので、これは避けられないリスクです。

 

まとめ

  • 老人ホームはユニット化が進行しており、生活がユニット内で完結するため孤立化・閉塞化のリスクを伴う
  • 一方で幼老複合施設でも、施設側が主体的に取り組まなければ交流が生まれにくい
  • 高齢者施設と保育施設の空間が接していれば交流は生まれやすい。だがその場合感染症などのリスクを避けられない
  • 現時点で「幼老複合施設」は特効薬たり得ない。まだまだ工夫が必要な取り組みである

参考
駐1)特養待機者36.6万人に減少 入居要件厳格化が影響か:朝日新聞デジタル、[online]http://www.asahi.com/articles/ASK3W3RXBK3WUTFK004.html
註2)保育所等関連状況取りまとめ(平成29年4月1日)及び「待機児童解消加速化プラン」集計結果を公表 |報道発表資料|厚生労働省、[online]http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000176137.html
駐3)中遼太郎「幼老複合施設の運用と世代間交流の実態に関する研究」、[online]http://www.hues.kyushu-u.ac.jp/education/student/pdf/2015/2HE14069K.pdf
駐4)北村安樹子(2003)「幼老複合施設における異世代交流の取り組み― 福祉社会における幼老共生ケアの可能性 ―」、ライフデザインレポート (153), pp4-15
駐5)壬生尚美(2011)「特別養護老人ホームのユニット型施設と 従来型施設における入居者の生活意識 ―安心・満足できる生活の場の検討―」、人間福祉学研究第4巻第1号

 

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