書評<持ち家が負動産になる世界で生きるには>

 「住宅過剰社会」膨らむツケ 「負動産」にしないために

2018年2月14日、読売新聞に専門家の経済講座としてこのような記事が掲載されました。

著者は東洋大学理工学部教授、野沢千絵氏。日本のスクラップ・アンド・ビルド型の住宅産業を批判し、対策の重要性を訴え続けている人物です。

相続の時、子ども世代はすでに自分たちの家を持っているので、親の家に住むケースは多くない。売りたくとも売れず、荷物が整理できないなどの理由で放置された空き家が都市部、地方を問わず目立っています。
(読売新聞(平成30年2月14日)より抜粋)

こうした空き家を野沢氏は「問題先送り空き家」と呼んでいます。そしてこうした空き家が散財する中、新たな宅地が開発され、インフラの整備、防災対策、公共サービスが必要なエリアが増加していく。そこに多額の税金が無駄に投入されていく。

この現状からどう脱却したらいいのか?本日は野沢氏の著書である「老いる家 崩れる街」について、内容を要約してみようと思います。


老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路 (講談社現代新書)

目次
1.要約
1.1.建て続けられる住宅
1.2.住宅も街も老いていく
1.3.立地誘導できていない政策
2.総評

1.要約

1.1.建て続けられる住宅

私たちは、「人口減少社会」なのに「住宅過剰社会」という不思議な国に住んでいます。住宅過剰社会とは、世帯数を大幅に越えた住宅がすでにあり、空き家が右肩上がりに増えているにもかかわらず、将来世代への深刻な影響を見過ごし、居住地を焼畑的に広げながら、住宅を大量につくり続ける社会のことです。(出典:野沢千絵「老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路」)

日本は戦後、多くの国土が焼き払われ、前代未聞の住宅不足に見舞われました。数にして420万戸。戦後の住宅政策はとにかく数をつくることが重視され、現在のお爺さんお婆さん世代の方々の弛まぬ努力の結果、1968年には総住宅数と総世帯数が逆転。見事に住宅不足は解消されました。

ところが住宅不足解消後も住宅は作り続けられました。現在も住宅数と世帯数の差は開き続けており、野村総合研究所の予測では、2033年には3戸に1戸が空き家になるとされています。

東京湾岸エリアでは、「売れるから」と分譲の高層マンションが乱立し、皮肉にも眺望の陣取り合戦が起きている、だけでなく、今後は社会保障コストや大量のインフラ維持コストが嵩んでくる。大都市郊外や地方都市でも「車で少し走ればなんでもある」「郊外のほうが地価が安い」と、野放図に住宅が建てられている。本来はきっちり線引きをして無秩序な開発を防ぐべきなのに、どんどん街が「スカスカ」していっている。

そして賃貸アパート。どう見ても入居者が集まると思えない、人通り一つない農地に、ぽつんとアパートが建っていたりする。「30年一括借上げ」という、サビリースの仕組みがそれを後押し、虫食いのように点在してアパートが建ちました。しかし、まともな立地条件のアパートならともかく、人のいない場所にアパートを建てても碌なことになりません。オーナーにとっても、不動産会社にとっても。

こうなっている理由は、「市街地の再開発」のため、「人口増加」のためと、規制が大幅に緩和されすぎているから。だから乱立が止まらない。規制緩和のあり方を見直す時期に来ています。

1.2.住宅も街も老いていく

購入当時、夢のマイホームだった住宅でも、居住者の死後、売りたくても売れなければ、最終的に空き家の維持管理・解体費用を誰が負担するのでしょうか?そこに待ち受けるのは、負担する人を決める「ババ抜き」が始まるという悲しい現実です(出典:同上)

当然ですが、住宅は放っておくと老朽化します。人が住まなくなればあっという間にボロボロです。住宅が集まってできる街も同じ。

ところが空き家には、住む人が「いない」どころか所有者・相続人すら「わからない」物件も多い。財産権の侵害になるから、下手に取り壊すこともできません。(一応、明らかに危険な空き家は取り壊せる(行政代執行)、という制度はありますが、余程ボロボロでないとできません)

では相続人がいるなら問題ないのか?実は今、数多くの方が「相続した実家の処分」に悩んでいます。理由は様々で例えば、親が何十年もの生活でためた大量の「思い出の品」。容赦なく全て焼却処分するわけにもいかず、処分のために半年~1年以上かかったという話はザラです。

でも一番厄介なのは「売れない」こと。不動産カウンセラーの相馬耕三氏も似たような話を、著書「塩漬けになった不動産を優良資産に変える方法」で述べているのですが、最終手段である「売却」がままならなくなっているのです。

新築志向の強い日本で、30年以上経過した物件なんて値がつきませんし、都会の一等地ならいざ知らず、価格の上がる見込みもない田舎の土地を欲しがる変わり者もそうそういません。まさに遺産どころか負担にしかならない「負動産」です。

では分譲マンションはどうか?分譲マンションは管理組合の維持管理と住民の合意形成の2つで成り立っていますが、それが機能していないマンションも多いのです。この本にも、管理不全でスラム化したマンションの事例が出てきますし、Ciniiなどで検索すれば、合意形成の難しさを訴える論文がいくらでも出てきます。そして明確かつ画期的な解を打ち出した研究は、まだありません。

1.3.立地誘導できていない政策

ここまでの通り、日本でこれ以上、野放図に住宅をつくることは害となります。それゆえ、立地誘導政策の役割が重要になってくるはずですが、現在の政策はまるで立地誘導ができていません。

例えば、アメリカのカリフォルニア州では、活断層の上での建設は禁止されていますが(規制せず結果被害が出たら訴訟問題になる国民性もあります)、日本では(活断層だらけでもう多くの住宅が建っているから)活断層の上でも住宅を新築することが可能。

また、国土の多くが「非線引き区域」になっていること。人口を増やしたい地域で「規制緩和合戦」が起きていること。ストック社会に向けた政策である長期優良住宅に立地が問われないこと。多くの点で、立地誘導機能が弱いのです。

2.総評

この本では、都市計画においてはっとさせられる指摘をいくつも見かけました。例えば昨今流行りの「長期優良住宅」については、「立地が問われず」にいることを指摘しています。言われてみれば、これは非常に重要な着眼点です。実際、樋口秀らの「地方都市における長期優良住宅の立地実態とその課題に関する研究(外部サイト)」のヒアリング調査によると、「現在の制度上、行政による長優住宅の立地誘導は不可能」とあります。

現在の不動産は、立地と広さと、建物の築年数が主な評価項目です。が、この値付けについては、より正確な住宅の状態から価格を算定するよう、見直しの動きがあります。そうなると「築年数の重要性が低下」=「相対的に立地のウェイトが増してゆく」と私は予想しています。まして100年使う長期優良住宅ともなると、100年後も街のある場所に建てねば誰も使わなくなってしまう危険性が大きい。立地誘導政策とセットの仕組みとしなかったことは大きなミスです。

また101ページからは、所有者の不在化、不明化問題が取り上げられています。こうした「所有者不明」の問題は建築学会でも問題視されてきています。

昨年、広島県で開催された建築学会の大会では、「建築の終活を考える」という講演会が開かれ、所有者不明で壊すに壊せなくなった建物が地域に大きな悪影響を及ぼしている実態が語られました。国を負動産だらけにしないためにも、これらの対策は喫緊の課題です。

惜しむらくは、最後の提言が抽象的な表現に留まったことでしょうか?あるいは、野沢氏の研究室の学生含め、具体的な制度づくりはこれからの研究者の課題である、ということなのか?

ただ、現行の住宅政策の問題点を考える上では、きちんと読んでおきたい一冊でした。

おすすめ度: ★★★☆☆(建築学生は★5)

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